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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12148号 判決 1998年3月16日

本訴原告(反訴被告)

東洋リース株式会社

右代表者代表取締役

鶴岡昇

右訴訟代理人弁護士

土屋東一

岩﨑淳司

佐藤貴夫

本訴被告(反訴原告)

吉中一枝

右訴訟代理人弁護士

大森浩一

主文

一  本訴原告の請求をいずれも棄却する。

二  反訴原告と反訴被告との間に、雇用契約関係が存することを確認する。

三  反訴被告は、反訴原告に対し、二五五万六〇〇〇円及び平成九年一二月二〇日以降毎月二五日限り一四万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ本訴原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴関係

1  本訴被告は、本訴原告に対し、別紙物件目録<略>記載の建物を明け渡せ。

2  本訴被告は、本訴原告に対し、平成八年五月二二日から別紙物件目録記載の建物の明渡しに至るまで、一か月五万円の割合による金員を支払え。

二  反訴関係

主文第二、三項と同旨

第二事案の概要

(当事者の呼称については、以下、本訴原告兼反訴被告を「原告」と、本訴被告兼反訴原告を「被告」という。)

本件は、被告を独身寮の住み込みの管理人兼賄婦として雇用し、この寮の一室に居住させていた原告が、雇用契約関係が終了したとして被告に対し被告居住部分の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めた事案(本訴関係)、及び被告が、右雇用契約関係は終了していないとして雇用契約上の地位の確認と原告に対する賃金の支払いを求めた事案(反訴関係)である。

一  争いのない事実等

次の各事実のうち、7及び8は括弧内に記載した証拠によってこれを認めることができ、その余の事実は当事者間に争いがない。

1  原告は、建設機械のリース等を目的とする会社である。

2  原告は、昭和五一年八月二九日、原告の所有する西葛西寮(以下、「独身寮」という。)の住み込みの管理人兼賄婦として被告を雇用した。

3  原告は、その頃、従業員の身分を喪失した場合には、喪失から一週間以内に原告に部屋を明け渡す旨の約定の下に、被告に対し、独身寮の管理人室部分である別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)を貸し渡した。

4  被告は、平成三年五月一四日に五七歳となったが、その日頃、原告の社長は、被告を本社に呼び出し、被告に対し、「長い間本当にご苦労さまでした。これは退職金です。」などと述べた上、退職金名目で三四万二八九五円を交付し、被告はこれを受領した。

5  その当時、原告の就業規則一六条には、従業員の定年は満五七歳とし、定年に達した日の翌日をもって自然退職とする旨及び業務上の都合により特に必要があると認めた者については定年を延長する旨が規定されていた。

6  右4から約一〇日後、原告の担当者は被告を本社に呼び出し、独身寮の住み込みの管理人兼賄婦として雇用する件に関し雇用契約書の作成に応じることを求め、被告はその場でこれに署名押印した。

7  右契約書には、雇用期間は平成三年五月一五日から平成四年五月一四日までとすること及び「嘱託契約とし、一年ごとに契約を更改する」ことが定められていた。(<証拠略>、右契約書に基づき締結された原告被告間の契約を「本件嘱託契約」という。)

8  その後、原告被告間において、新たに雇用契約書を作成したことはなかった。(<人証略>、被告本人尋問の結果)

9  右6記載の雇用契約書の期間経過後も、被告は従前と同様の業務に従事していたが、原告は、平成八年四月三〇日付け書面で、被告に対して嘱託期間満了により雇用契約関係が終了する旨を通知し、同年五月一五日以降の被告の就労を拒み、賃金の支払いを停止している。

10  平成八年五月一四日の時点において、被告は、原告から毎月一四万二〇〇〇円(内訳は、本給五万〇五〇〇円、職務給七万一五〇〇円、特別手当二万円。支給方法は、毎月一五日締め、二五日払い。)の賃金の支給を受けていた。

二  争点

本件の中心的な争点は、原告被告間における雇用契約関係が終了しているか否かであるが、具体的には以下の三点が争われている。

1  被告が一旦定年退職したか。

これは、被告が昭和五一年八月二九日に原告に採用された際に締結された雇用契約において、就業規則中の定年退職に関する規定が被告に適用されるか否かの問題である。この点につき、原告は、右規定が適用されることを前提として、被告が平成三年五月一四日に一旦定年退職した旨主張するのに対し、被告は、独身寮の管理人兼賄婦は、原告の他の従業員とは勤務形態が全く異なるもので、その雇用契約には右規定は適用されず、原告被告間の雇用契約は現在も有効に継続している旨主張する。

2  仮に被告が一旦定年退職したとした場合、平成三年五月に原告被告間で締結された本件嘱託契約は、期間の定めのある契約か。

この点は、原告が、一年の期間の定めのある契約であって、平成四年から平成七年までは、毎年五月一五日に期間を一年として更新されてきた旨主張するのに対し、被告は、仕事の内容が従前と同様で、昇給もしており、更新のための手続きがとられたこともないとして、右嘱託契約は期間の定めのない契約である旨主張する。

3  仮に右嘱託契約が期間の定めのある契約であったとした場合、原告が平成八年に更新の措置を採らなかったことにより原告被告間の雇用契約は終了したか。

この点は、更新の措置を採らなかったことの適法性の問題であるが、原告が、

(一) リストラの一環として単(ママ)身寮の合理化策を検討した結果、賄いの利用度が極めて低かったので給食廃止を決定したこと

(二) 被告の評判が芳しくなかったこと

の二点の理由により更新の措置を採らなかったもので違法性はない旨主張するのに対し、被告は、原告の指摘する理由には合理性がなく、更新の措置を採らなかったことは違法である旨主張している。

なお、以上の外、原告は本件建物を第三者に賃貸しした場合の賃料が月額五万円を下回らないと主張し、被告はこれを争っている。

三  当裁判所の判断

1  被告が一旦定年退職したか否かについて検討する。

前記のとおり当事者間に争いのない第二、一4、5の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告が、当時から被告について就業規則一六条の定年退職の規定の適用があると考えていたことは明白であり、また、被告においても、定年退職扱いという趣旨を理解した上で、特段異議を述べることもなく退職金名目の金員を受領したものと認められる。そして、他に被告について右規定が適用されないと解すべき事情は本件証拠上窺えないから、被告は満五七歳に達した翌日である平成三年五月一五日をもって一旦退職したというべきである。

この点について、被告本人尋問によれば、被告が定年退職扱いに応じたのは、それまでの周囲の者等の発言内容から定年年齢である満五七歳に達した後も独身寮の管理人兼賄婦の仕事を続けることができると予想していたことに加えて、社長からその場で将来も右の仕事を続けてもらいたい旨の発言があったため等であることが認められるが、被告が定年退職扱いに応じた動機がその点にあることは、入社当時の雇用契約を定年という形で終了させることと矛盾するものではないから右に述べた結論には影響しない。また、被告は、被告採用時における提出書類等が就業規則記載のものではなかった点や、被告の就業時間、休憩、休日及び休暇に関して就業規則上定められていた内容と異なっていた点、及び原告方に従業員として採用されれば自動的に加入手続きが採られる労働組合に被告が一貫して加盟を認められなかった点を指摘して、原告被告間の雇用契約には就業規則は適用されないと主張するが、仮に指摘のとおりの事実関係が存在したとしても、このことから就業規則中の定年制度に関する規定が被告に関して適用されないということには当然にはならない上、前記のとおり原告側ではむしろ被告に対する右規定の適用を当然の前提として行動し、被告もそれを受け入れているとの経過に照らすと、その主張は採用できない。

2  平成三年五月に原告被告間で締結された本件嘱託契約の内容について検討する。

第二、一6から10の各事実に、(証拠・人証略)、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、(一)被告は、本件嘱託契約により管理人兼賄婦としての仕事を行っている期間中に昇給しており、賞与の支給も受けていること、(二)被告は、右期間中の平成三年八月に、定年退職前の雇用契約に基づく期間と通算して勤続一五年になるとして表彰を受けていること、(三)右期間中、当初の一年経過後は、原告社内においては社報に一年単位で契約が更新されることを記載していたが、被告との間では書面・口頭を問わず更新の意思を明確に確認したことはなく、かつ右社報を被告が確実に閲覧できるような配慮もなされておらず、結局のところ、期間経過後も被告が従前と同様の業務に従事し、原告が賃金を支給することで暗黙のうちに契約が更新される関係であったことが認められ、以上の事実関係からすれば、本件嘱託契約は、「嘱託」の名称ではあるが、委任契約等に類似するものではなく、実質は雇用契約であると認めるのが相当である。また、その期間については、当初契約書を作成した段階においては、契約書上に期間が一年であることが明示してあり(<証拠略>)、作成の際の状況について、被告本人尋問において、被告自身、説明を受けたことは否定するものの、良く読んで押印するように求められたので被告なりに目を通してから押印したと認めていること等からすれば、一年の期間を定めた契約というべきである。そして、当初の契約が期間を定めたものであり、一応社報には一年単位での更新として記載していたこと等の事情を考慮すると、その後も一年毎に期間の定めのある契約として更新されてきたものと解するのが相当である。本件嘱託契約を期間の定めのない契約であるとする被告の主張には同調できない。

3 本件更新拒絶の適法性について検討する。

(一)  まず、契約期間満了後も更新により雇用を継続してもらえるとの被告の期待が法的保護に値するか否かについて検討する。

後掲の各証拠及び前記認定事実を総合すれば、本件嘱託契約においては、以下の事実関係等が存することが認められる。

本件嘱託契約は、一四年八か月という長期間の雇用契約関係が原告(ママ)の定年退職により終了された後に締結されたものであるところ、本件嘱託契約の期間は労働基準法一四条で定める雇用期間の原則的最長期である一年であって、更新が繰り返された結果、嘱託契約期間は通算五年間にわたっている。また、原告の独身寮管理規定においては管理人・賄人は「置くことがある」とされているにすぎないが(<証拠略>)、独身寮は構造上、管理人室が寮生の居室とは明らかに異なる形態で設置されていて(<証拠略>、弁論の全趣旨)、管理人が常駐することが予定されていると理解できる上、原告は、被告の就労を拒否した後はパートタイマーを雇って管理の仕事をさせている(<人証略>、被告本人尋問の結果)ことからしても、独身寮は管理人の常駐の必要性が高いと認められ、この点からして独身寮の管理業務は、季節的労務や臨時業務とは異なった性質を有していると理解できる。さらに、原告の他の社員寮には被告よりも年齢が上の女性が住み込みで管理人兼賄婦としての仕事を行っている例が存在する(<人証略>、被告本人尋問の結果)。加えて、被告は、前述のとおり、一旦定年退職した際には、原告の社長から今後も同じ仕事をしてほしい旨の話をされている他、直属の上司である東京支店長からも、被告がいないと困ると言われていた(被告本人尋問の結果)ものである。

以上からすれば、本件嘱託契約は期間の定めのある契約ではあるけれども、その雇用期間の実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであって、被告において契約期間満了後も更新により雇用を継続してもらえるものと期待することに合理性があるというべきで、この期待は、期間の定めのない契約において労働者が有する雇用継続への期待と同様、法的保護に値するものといわなければならない。

(二)  思うに、かような場合には、解雇に関する法理を類推し、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が契約の更新をしなかった場合かどうかを検討すべきである。そして、他方において、労働者側の雇用継続への期待は法的保護に値するとしても、使用者側にも、期間の定めのある契約を締結している以上、期間の定めのない契約を締結している場合よりも雇用契約関係を終了させやすいとの期待があり、合理的差異の範囲内であればその期待も考慮しなければならないので、その点をも勘案した上で、更新しなかったことの適法性を決するべきである。

本件において原告が更新をしなかった理由として挙げるのは、前記第二、二3の(一)及び(二)の二点である。しかしながら、(一)の点については、本件全証拠をもってしても、どの程度の経費削減となるのかが必ずしも具体的に明確ではないばかりか、(人証略)の証言中には、営業活動を除いて業務全般について所管する業務課長の立場にいる(人証略)(この点は<証拠略>)が、被告に更新拒絶を通知した平成八年四月三〇日当時は、独身寮における給食の廃止を知らず、被告の後任を探すつもりであったという部分もあり、真実この点が更新をしなかった理由になっていたものかどうか疑わしい側面がある。また、(二)の点については、具体的な主張がなく、(証拠略)記載の事情がそれに該当すると思われるところ、そのうち、寮生に対する指導力が不足し自分で事態を解決せずに上司に頼るという点は具体性を欠く。次に寮生とのもめ事を記載している部分は、記載自体から当該寮生に相当の問題があると見られるところ、(人証略)の証言からもその点は明らかであり、被告の責任を重視するのは相当ではない。更に、独身寮の駐車場に近隣住民から金品を受け取り自動車を止めさせた旨の部分は噂にとどまることは記載自体から明白であり、部外者の自動車を止めさせたこと自体は程度が明らかではない。被告の娘が孫を連れて独身寮に来ることを、職場に家族が出入りするのは公私混同であるとする部分は、独身寮が被告の職場であると同時に住居でもあることを無視した表現であり、具体的に家族の来訪によって業務にどの程度の支障が生じたのかは明らかではない。賄人としての適性に対する疑問をいう部分も、それが具体的にどういう期間においてどのように現われているのかが明確ではない。また、全体を通じて、被告に対し、原告の側で問題があると感じた場合にどのような指導・監督を行い、その結果がどうであったのかも不明である。

以上によれば、原告の本件で更新をしなかった不作為は、期間を定めた契約にしている趣旨を勘案しても、合理性を欠いており、解雇の場合であれば解雇無効になるような事情の下でなされた違法なものであるという外はない。したがって、原告は、被告に対し、期間満了により雇用契約関係が終了したとすることはできない。

四 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本訴関係における原告の請求は、いずれも理由がない。また、反訴関係における被告の請求は、理由がある。

(裁判官 合田智子)

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